お化け屋敷の中は暗い。
お化け屋敷のバックヤードや通路はもっと狭くて暗い。
その中をお化けたちは全速力で疾走した。
ぼくがお化け屋敷に入ったのは開店3日後だが、すでに彼ら彼女たちは、疲労困憊していた。
それでも彼ら彼女たちは疾走し続けた。
最初は口裂け女Sであったと思う。
どちらか片方の足首を捻挫してしまったのだ。
それでも「だいじょうぶ」といいながら、暗闇を疾走し続けた。
痛めた足をかばっていたためであろうか、もう片方の足も痛めてしまった。
ある日、口裂け女Sがお化け屋敷内を移動している姿を見たことがある。はやり脅かす場所を移動する途中であった。
誰も見ていないはずの通路を彼女は歩いて移動していた。
彼女は人に弱っているところを見せたくなかったのであろう、人前では、普通に歩いていたのに、ただ1人で歩いていたそのときは……
痛めた両足をかばいながら、まるで老婆のように腰を曲げて姿で歩いていたものであった。
しかしそんな口裂け女Sも、みんなの前に出たとたん、背筋を伸ばし何でもなかったかというような姿で歩きだすのである。
どんだけ見栄っ張りなんだ
もとい
どんだけ根性があるんだ
と、思ったものだ。
次は口裂け女Mであった。
彼女は、お客さまを脅かすために、壁をバンバン叩くという技を使っていたのだ。
ところが、何日もやっているうちに、腕は晴れ上がり痣だらけになり、やがて腕があがらなくなった。
ぼくは急遽スタッフさんにテーピングテープを買ってきてもらって、テーピングをしたりしたものだ。
しかし、ゆっくりとした時間でテーピングをしていたわけではない。
途中、わずか数分の間にすばやくテーピングをしないと、次のお客に間に合わないのだ。
これはぼくがかつて、キックボクシングのトレーナーやセコンドをやっていたことが役にたったと思う。
ラウンドとラウンドのインターバルに選手のメンテナンスをしたり、練習中に応急手当をする経験があったからだ。
さらに口裂け女Mは、ある日、暗闇を疾走しているときに機材に足をぶつけて、足の裏の小さな骨にヒビが入ってしまうとこともあった。
ヒビだぜ!ヒビ!
ぼくは口裂け女Mに楽なフォーメーションを指示したが、彼女こういった。
「嫌だ!」
と……、しばらくの問答の後、ぼくは彼女の目を見てやる気があるのを確信し、そしてこういった。
「わかった! 今回はキミのいうことを聞こう! ただしこれからはすべてオレの指示にしたがえよ!」
彼女はいった。
「うん!」
思えばぼくは悪い管理職である。
お化け役をやっていたハカルくんにも同じようなことがあった。
彼は、激しい移動を繰り返したため、足の裏に裂傷を負ってしまったのだ。
このときも、移動のない場所でのお化けを指示したのだが、反応は口裂け女Mと同じ。頑としていうことを聞かなかった。
すぐに病院にいけといっても聞かない。
さらに彼はこういった。
「ぼくはプロレスラーです! こんなことでは負けません!!」
その目を見てぼくはいった。
「わかった。じゃあやれ! その代わり今後わがままは許さんぞ! 明日の朝病院に行け! そうしないとそのケツに蹴りを入れるからな!!」
彼はその後「はい!」と、答えた後、いきなり
「うおおおおおおおおお〜ッ!!」
と、大声を出しながらお化け屋敷の中に突進していったのでありました。
そして翌朝彼に病院にいった。
診断は、足の裏の裂傷プラス足の裏の打撲傷であったという。
口裂け女守富舞もそうであった。
彼女はお化け屋敷の『破壊女王』であったのだ。
彼女が現れると、とたんに壁などのメンテナンスが増えるのである。
怖がったお客さまが、飛び下がって壁に激突し、壁を壊してしまうことはよくあったのだ。
最初、口裂け女守富舞のときは、よほどお客さまが驚いているんだなあと思っていたのだが、よくよく見ていると、お客さまがおどろくのはもちろんだが、それ以上に彼女自身が
全力で壁に激突していたのである!!!
そのため、勢いあまって守富舞は、自分の顔にケガをすることがたびたびあったのだ!
ちなみ彼女は女優なのに・・・
正直いうと、この人たちの根性は認めるが、こういう「がんばり」が現場監督として一番困るのだ。
いってみれば我々は、お化け屋敷の最終日まで長いペナントレースを戦っているチームである。
チームのレギュラーがケガで欠けるのは痛いが、長い目でみれば一時的ながんばりや根性を出してもらっても、そのためにケガが本格的なり、戦線を離脱してしまうほうがよほど怖ろしい。
しかし彼らは、根をあげることなく最後までがんばってくれた。
ある意味、結局のところ、ぼくが彼らに甘え、最後までがんばってもらったといえよう。
彼らには心からありがとうといいたい。
そして改めていう!
ありがとう!
ちなみにその後もハカルくんは背中を痛めたのだが、そのときは、仕事を終えてから、マンションのお風呂で長い時間薬湯につかって、体をいたわっていたことをぼくは知っている。
(続く)