巨椋修(おぐらおさむ)の新世界

作家・漫画家 巨椋修(おぐらおさむ)のブログ。連絡先は osaogu@yahoo.co.jp

「ナショナリズム(国家・民族主義)」と「リベラリズム(自由主義)」

「ナショナリズム(国家・民族主義)」と「リベラリズム(自由主義)」について、ちょっと書こう。
 この二つは、アメリカ独立革命やフランス革命によって生まれた二大潮流だ。
 日本は、これらの思想を輸入したが、キリスト教を背景に欧米で生まれたのとは違い、日本は神道や儒教を背骨として、この思想を取り入れた。
 欧米の場合、「絶対王政や植民地支配から、自分たちの自由を勝ち取る」ことから生まれた。
 ここには、「王や教会に個人の自由を縛られたくない」というリベラル的な一面と、「この国は王のものではなく、自分たち国民がこの国の主役だ」というナショナルな一面があった。
 これが、より個人の自由を求めるリベラル派と、国や民族などの集団や共同体を重視するナショナル派へと分かれていく。
 日本の場合、黒船など海外からの脅威に備えるため、既存の徳川政権を倒し、国民をまとめるため現人神(あらひとがみ)として天皇を置いた。
 そのため、日本では「個人の自由(リベラル)を獲得するプロセス」を経る前に、「国家の独立(ナショナル)」が最優先された。
 日本においてリベラルが一般国民に注目されるようになったのは、戦後になってからだ。
 ただし、それは欧米のリベラルとは違い、社会主義やマルクス主義の流れからであった。実は、社会主義やマルクス主義は、自由主義と対立する思想なのだ。
 わかりやすく言おう。社会主義は、「豊かさや平等を達成するために、国家(集団)による計画と介入」を重視する。
 対するリベラリズム(自由主義)は、自由競争や私有財産制を重視する、相反する主義なのだ。
 それが日本の場合、なぜ社会主義や「革新」を自称していた政党がリベラルを名乗るようになったかというと、彼らの理想国家の一つであったソ連が崩壊してしまったからだ。
 そのとき彼らは、「リベラル」という耳当たりのいい言葉に乗り換えた。
 このとき、彼らは戦後初めて現実と対峙することになる。社会党委員長の村山氏が、自民党などとの連立政権で総理大臣になってしまう。
  このとき、社会党の党是である「自衛隊は違憲」を「合憲」と認めざるを得ず、「日米安保」についても同様であった。これは旧民主党政権時代も同じであった。
 日本の自称リベラル派は、背骨がなく、何でも反対と言い続けることしか存在意義がないのである

自民党はなぜ強い

 ふと「なんで自民党は強いんだろう?」って疑問がわいたのよね。1955年に自民党ができてから、今日までほとんどの期間が自民党政権。
 意外かもしんないけど、戦後すぐには日本社会党も政権をとってる。
 
 でも、55年体制以後はほとんど自民党政権。なんでこんなに強いんだろうね?
 
 政治学者の堀内勇作氏らが行った、非常に興味深い研究があるのね。それをあるYouTube番組でやってたんだけどさ。
 
 政党名をすべて隠して、「政策のパッケージ」だけを有権者に見せて選んでもらう実験を行ったところ、なんと「自民党の政策」は他党に比べて「人気がない」という結果が出たの(笑)
 
 つまり、我々国民が「マニフェスト」だけを見たら、自民党を選ばないってことだね(笑)



 じゃあ、なんで現実の選挙では、戦後から今日まで自民党がこれほどまでに強いのか?
 
 どうも有権者が見ているのは政策じゃなくて、「統治能力」であるらしい。
 
 いちばん重視されるのは、「本当にこの国を任せられるか」という実績と安定感なんだそうだ。
 
 過去の野党政権期の混乱や、その後の離合集散を見てきた有権者の間には、「政策は良く見えても、本当に官僚を動かして国を運営できるのか?」という疑念があるらしい。 
 
「他よりはマシ」という消去法的な支持が、自民党の最大の強みなんだってさ(苦笑)
 
 もう一つ、自民党はガチガチのイデオロギーに縛られてない。
 
 むしろ政権維持のためなら、他党の良い政策でも柔軟に取り込んで、自分たちのものにしちゃう狡猾さを持ってる。
 
 福祉政策や教育無償化みたいに、世論の支持が高いと見れば取り入れちゃう。
 
 昔、自民党が信用を失ったときには、「村山さんを首相にするから」と社会党との連立政権をつくったこともある。
 
 そのとき村山さんは「わしはその器ではない」と泣いて嫌がったらしい。でも最終的には引き受けた。それが、こんにちの社民党ほぼ崩壊につながっていく。
 
 自民ってのは、それほどしたたかな政党なのよ。
 
 さらに、自民党の中にはハト派とタカ派の両グループがいて、長い間、自民党の中で事実上の「政権交代」が行われてきたのね。
 
 一方の野党は、分裂したり乱立したりして、なかなか一つになれない。
 
 簡単にいうと、「束になってかかっていけない」状態がずっと続いてる。
 
 自民党は普段はいろんな考え方の議員がいても、いざとなれば一つにまとまる。これはやっぱり強いよね。

政治思想が「右から左」「左から右」へ180度ガラリと変わる人の心理学

 政治の記事などを書くと、ときどき右や左にひどくかたよった人が、コメントを出してくることがある。

 

 その多くが、いささか幼稚で読むに値しないようなものが多いのだが、たまに「おっ」と思わせてくれるものがあったりする。

 

 ひとつおもしろいのが、そういう人が、ある日突然、右から左に、あるいは左から右に180度、まるでオセロのように立ち位置が変換することがあるのだ。

 

ぼくの場合、個人的に複数人そういった人を知っている。

 

 一見、思想が真逆になったように見えるのだが、心理学や精神医学の視点で見ると、実は「根本の心理(脳のクセ)」は、ほとんど変わっていないらしい。

 

 なぜ、このような急激に、しかも極端に変わるのか。

 

 その背景にある3つの心理的要因があるらしい。

 

【1.不安な脳が陥る「白黒思考」】

 物事を「100%善」か「100%悪」でしか捉えられない「白黒思考(二分法的思考)」というものがある。

 

 これは一部の精神疾患の特徴として知られているが、実は普通の人であっても、強い不安やストレスを抱えたときには容易に発動する。

 

 脳は強い不安を感じると、複雑な現実、つまり「グレーゾーン」を考える余裕を失う。すると生存本能として、「敵か味方か」「安全か危険か」をはっきりさせようとするのである。

 

 その結果、信じていた思想に少しでも幻滅すると、不安な脳はそれに耐えきれず、一気に反転する。

 

 そして、その反対側にある思想を「新たな救世主」として盲信してしまうのである。

 

【2.左右で共通する「脳のシステム」】

 ケンブリッジ大学などの研究では、極端な右翼と極端な左翼は、脳の「認知スタイル」が驚くほど似ていることが示されている。

 

 彼らは、複雑な社会問題を「複雑なまま受け入れること」、つまり不確実性に対して強いストレスを感じる傾向がある。

 

 彼らにとって重要なのは、右か左かではない。

 

「敵と味方がはっきりしており、答えがシンプルな世界観」そのものなのである。

 

 だからこそ、脳のシステムはそのままに、中身の信条だけを丸ごと入れ替えるほうが、不安な脳にとっては楽なのである。

 

【3.「孤独」とアイデンティティへの依存】

 社会的な孤立や強い劣等感など、メンタルの脆弱性を抱えているケースも少なくない。

 

 過激な思想やコミュニティは、孤独な人に対して「君は悪くない。悪いのは社会(敵)だ」という強い承認を与えてくれる。

 

 しかし、その集団内で人間関係のトラブルが起きると、その承認は強い恨みへと変わる。

 

 そして、自分の孤独を埋めてくれる「次の居場所」を求め、真逆の過激なコミュニティへと身を投じることになるのである。

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 彼らは思想そのものが変わったのではない。

 

「強い不安から逃れるため、極端でシンプルな正義に依存したい」という心理的な構造を繰り返しているだけ、と見ることもできる。

 

 これは、アルコールやギャンブルなどで依存の対象が次々と変わる心理と非常によく似ている。

 

 人間の心や社会の課題は、本来、グラデーション(灰色)なものである。

 

 先行きが見えず、不安の多い時代だからこそ、一歩引いて「曖昧さ」や「グレーゾーン」を受け入れる心の余裕を大切にしたいものである。

#心理学  #認知バイアス  #白黒思考  #メンタルヘルス  #大人の学び

影のCIAと呼ばれるジョージ・フリードマンが描く「未来の世界大戦(第三次世界大戦)」のシナリオ

 さて、みなさんは「影のCIA」と呼ばれる地政学者、ジョージ・フリードマンという人物をご存じだろうか?

 

 フリードマンは、民間情報機関ストラトフォー(Stratfor)の創設者として知られ、地政学や人口動態の視点から国際情勢を分析してきた人物である。

ジョージ・フリードマン

 

 彼は2009年に出版した『100年予測』(原題:The Next 100 Years)の中で、21世紀に起こり得る政治・経済危機、国際紛争、さらには宇宙開発やエネルギー問題に至るまで、大胆な未来予測を提示した。

 

 その内容を要約すると、

 

・ロシアによるウクライナ侵攻と、その後のロシアの衰退

・アメリカ社会の分断と「世界の警察」からの撤退

・中国の台頭の限界と長期的な停滞

・日本の再軍事化と東アジアの覇権国になる

 

 などである。

 

 2009年当時、ロシアがウクライナへ全面侵攻することを真剣に予想する者はほとんどいなかった。また、多くの専門家は「21世紀は中国の世紀になる」と考えていた。

 

 しかし現実には、ロシアはウクライナへ侵攻し、中国経済も不動産問題や少子高齢化など深刻な課題に直面している。

 

 もちろん、フリードマンの予測がすべて的中したわけではない。しかし、少なくともいくつかの大きな流れについては、驚くほど現実に近づいているようにも見える。

 

 それでは、フリードマンが描いた未来を順番に見ていこう。

 

ロシアのウクライナ侵攻と中国への依存

 フリードマンは、「ロシアは旧ソ連圏に緩衝地帯を確保するため、再び勢力圏の拡大を目指す」と予測していた。

 

 実際、2014年にはクリミア併合が起こり、2022年にはウクライナへの全面侵攻が始まった。

 

 現在のロシアは欧米諸国から経済制裁を受け、中国との経済関係をこれまで以上に強化している。

 

 フリードマンは、ロシア最大の弱点は人口減少と広大すぎる国土にあると指摘している。短期的には軍事力を行使できても、長期的には国力の維持が難しくなり、徐々に弱体化していくという見方だ。

 

中国の停滞と限界

 かつて世界中の専門家が「中国がアメリカを追い抜く」と予想していた頃から、フリードマンは中国の将来に懐疑的だった。

 

 その理由は主に三つである。

 

第一に、沿岸部と内陸部の経済格差。

第二に、急速な少子高齢化。

第三に、海洋国家としての制約である。

 

 中国は巨大な経済規模を持つ一方で、国内には深刻な地域格差を抱えている。また、一人っ子政策の影響による人口構造の変化は、今後数十年にわたって中国経済の重荷となる可能性が高い。

 

 フリードマンは、中国が直ちに崩壊すると予測しているわけではない。しかし長期的には成長が鈍化し、現在のような勢いを維持できなくなると考えている。

 

日本の台頭と再軍事化

 中国の影響力が低下する一方で、フリードマンは日本の戦略的重要性が再び高まると予測している。

 

 その理由は、日本が島国でありながら世界有数の工業力と技術力を持っているからだ。

 

 日本は資源の大半を海外から輸入している。そのため、国家の生命線であるシーレーン(海上交通路)を守る必要がある。

 

 周辺地域の安全保障環境が悪化すれば、日本はより強力な海軍力や防衛力を持たざるを得なくなる。

 

 近年の防衛費増額や宇宙・サイバー分野への投資は、その流れの一端とも見ることができる。

 

 フリードマンは、日本が再び東アジアの有力国として存在感を高めていくと予測している。

 

日本が抱える地政学的弱点

 しかし、このシナリオは日本にとって必ずしも明るい未来ばかりではない。

 

 日本最大の弱点は、資源と食料の多くを海外に依存していることである。

 

 エネルギーや食料の輸入ルートであるシーレーンが脅かされれば、日本経済は深刻な打撃を受ける。

 

 つまり、日本が国際社会で影響力を持つためには、同時に海上交通路を守る能力も必要となるのである。

 

将来の日米対立という大胆な予測

 フリードマンの予測の中で最も議論を呼んでいるのが、日本とアメリカの対立である。

 

 彼は、アメリカの最大の国家利益は「ユーラシア大陸に自国を脅かす覇権国家を誕生させないこと」だと考えている。

 

 もし日本が東アジアで圧倒的な影響力を持つようになれば、アメリカは日本を潜在的な競争相手として警戒する可能性があるという。

 

 そして『100年予測』では、2050年前後に日本とトルコが連携し、アメリカと宇宙空間を含む新たな戦争を行うという大胆なシナリオが描かれている。

 

 もちろん、この予測を支持する専門家は多くない。

 

 現時点では、日米同盟は極めて強固であり、両国が軍事的に衝突する兆候は見られない。

 しかしフリードマンは、「国際政治に永遠の友人はいない。あるのは永遠の国益だけだ」という地政学的な視点から、このような未来を描いているのである。

 

未来の戦争はどう変わるのか

 フリードマンが描く未来戦争は、第二次世界大戦のような総力戦ではない。

 

 少子高齢化によって先進国は大量の兵士を動員できなくなり、無人機、ロボット、人工知能、宇宙兵器が主役になる。

未来の戦争は無人機、ロボット、人工知能、宇宙兵器が主役になるという。

 

 そのため、国家同士の対立は続いても、20世紀のような数千万人規模の戦争は起こりにくくなるという。

 

 仮に日本が敗北したとしても、本土が焼け野原になるような戦争ではなく、軍事力や宇宙戦力の無力化が主な目的になると彼は予測している。

 

フリードマンは当たるのか?

 ここまで見てきたように、フリードマンの予測には既に現実化した部分もあれば、極めて大胆で実現性が疑問視されている部分もある。

 

 ロシアとウクライナの対立、中国の成長鈍化、日本の防衛力強化などは、確かに彼の予測と重なる面がある。

 

 一方で、日本とアメリカの宇宙戦争や、中国の分裂といった未来は、現時点ではあくまで仮説の域を出ていない。

 

 だが、彼の予測の価値は未来を正確に当てることではなく、「地理と人口という変わりにくい条件から世界を見る」という視点を与えてくれることにある。

 

 果たしてトルコやポーランドは本当に大国へ成長するのだろうか。

 

 そして日本は再びアジアの中心的な国家となるのだろうか。

 

未来は誰にも分からない。

 

 だが、ジョージ・フリードマンが描いたシナリオは、これからの世界を考える上で非常に興味深い思考実験であることは間違いない。

旅をするサル 7万年前、ホモ・サピエンスに何があったのか?

 ホモ・サピエンスは約20万年前に誕生したとされる。しかし7~8万年ほど前、急激な寒冷化のため約2千人にまで減少し、絶滅寸前となった。

 

 この時期にサピエンスには認知能力の大きな変化が起き、絵を描くようになったり、複雑な言葉を獲得したりしたと考えられている。つまり急激に頭が良くなったのである。

 サピエンスが服を着るようになったのも、絵を描くようになったのもこのあたりからだという。

 

 この時代、ネアンデルタール人やデニソワ人といった他の人類はすでにユーラシア大陸に進出しており、ネアンデルタール人はもっと古くから服を着ていたというから、この時代までのサピエンスは彼らより劣った人類だったようにも見える。

 

 約5万年前、サピエンスはようやくアフリカからユーラシアに進出する。サピエンスの先祖であるホモ・エレクトスははるか以前に出アフリカを果たし、ユーラシア大陸に拡散しているから、相当な遅れである。

我々ホモサピエンスは旅するサルだ。いまも宇宙にまで旅をしようとしている。



ホモ・サピエンスの誕生と拡散www.maruzenjunkudo.co.jp

 

 ヨーロッパにはホモ・サピエンスより先にネアンデルタール人が住んでいた。ネアンデルタール人は体格や筋力ではサピエンスより優れていたと考えられているが、サピエンスほど言語が発達していなかった可能性がある。

 

 また、狩猟の仕方も石器や棍棒で大型動物と直接戦って狩るのに対して、サピエンスは槍投げ器や弓矢などの飛び道具を活用したという。おそらくサピエンスは、複雑な言葉を使ったチームワークと飛び道具によって、ネアンデルタール人の縄張りを侵食し、やがて置き換わっていったのだろう。

 約4万年前にはネアンデルタール人は姿を消している。

 

 ただ、出アフリカを果たしたホモ・サピエンスの遺伝子には数パーセントほどネアンデルタール人の遺伝子が残っていることがわかっている。両者が交雑していたことは間違いない。

 

 人類は他のサルと違って旅をするサルである。チンパンジーやゴリラは決まった地域で暮らし続けるが、人類、特にホモ・サピエンスは1万年前には地球上のほぼすべての大陸へ拡散していた。

 そして今では宇宙にまで旅をするようになった。

 

 考えてみれば不思議な話だ。7~8万年前には絶滅寸前だった一群のサルが、言葉を手にし、絵を描き、神話を語り、船で海を渡り、ついには月へ行き、宇宙へと飛び出したのである。

 

こんなことを考えていると実におもしろい。

ベルリン壁崩壊に恐怖したヨーロッパ

 1989年11月9日、ベルリンの壁が崩壊した。しかし、その出来事を西ヨーロッパのNATO諸国が、歓迎していたわけではないことをご存じだろうか。
 むしろ彼らは、ドイツ再統一に強い警戒心を抱いていた。
 世界はそれを「自由の勝利」と呼び、民主主義の春を謳歌しているように見えた。
 だが、このとき「鉄の女」と呼ばれたイギリス首相、マーガレット・サッチャーの脳裏に去来していたのは、そのような楽観的感傷ではなかった。
(ドイツが、再び一つになる)
 サッチャーにとって、それは悪夢に近いものだった。
 イギリスという島国は、20世紀に二度も、ドイツと大戦を交え、莫大な国力を消耗してきたのである。
「私たちはドイツに二度勝った。そして今、彼らがまた戻ってくる」
 彼女は側近にそう漏らしたと言われている。
 これは単なる感情論ではない。人口約8000万人を抱え、欧州最大級の経済力を持つ統一ドイツが誕生すれば、ヨーロッパの勢力均衡は根底から変わりかねなかった。
 まして、将来的にドイツが軍事的自立を強めれば・・・ ましてドイツが核武装すれば・・・
 サッチャーは強い危機感のもと、フランス大統領のミッテランや、ソ連指導者のゴルバチョフとも連絡を取り、この「統一」という歴史の激流を食い止められないか模索した。もちろん、西ドイツ首相のコールとも協議している。


 フランスのミッテランもドイツ再統一に恐怖していた一人だ。
 
「理想は現状維持だ。だが、歴史の流れを止めることは難しい」
 しかし、力ずくで阻止すれば、ドイツ側に強い反発と怨恨を残し、将来の不安定要因となりかねない。そこでミッテランが選んだのは、ドイツをヨーロッパ統合の枠組みに深く組み込む道だった。
 その象徴が、後のユーロ構想である。
 強力なドイツ・マルクを廃し、欧州共通通貨へ移行させることで、統一ドイツの経済力をヨーロッパ共同体の枠内に組み込もうとした。これは、実にフランス好みの、毒を秘めた外交戦略であった。
 だが、英仏がどれほど知恵を巡らせようとも、もはや単独でドイツを抑え込める時代ではなかった。
 二度の世界大戦を経て、西側世界の主導権はアメリカへ移っていたのである。
 当時のアメリカ大統領は、ジョージ・ブッシュ。穏健に見える人物だったが、極めて現実主義的な戦略家でもある。
 イギリスとフランスは、「ドイツを抑えてほしい」とアメリカに働きかける。
 一方、ゴルバチョフ率いるソ連は、東ドイツという緩衝地帯を失う不安を抱えながらも、国内経済は深刻に疲弊していた。ましてソ連は第二次大戦のとき、1000万人前後という膨大な犠牲者を出して勝ち得たのだ。それを手放すのは、あまりに惜しい。
 惜しいが、ソ連国民を食わせるのすら、困難になっているのだ。
 アメリカは、その状況を冷静に見抜いていた。
 ワシントンの狙いは明確だった。
「統一ドイツを、NATOの枠内にとどめること」
 もしコール政権が、周辺国の警戒を和らげるため「中立化」を選べば、アメリカが戦後築き上げたヨーロッパ安全保障体制は大きく揺らぐ可能性があった。
 逆に、統一ドイツをNATOの内部に組み込んでおけば、ドイツの軍事的独走を抑制できる。
 同時に、アメリカはヨーロッパへの影響力を維持できる。
 ブッシュ政権は、西ドイツの統一を支持する一方で、「統一ドイツはNATOに残留する」という条件を重視した。
 結果として、統一ドイツは核兵器を保有せず、軍備にも一定の制約を受ける形となり、さらに在独米軍の駐留も継続された。
 イギリスとフランスは、アメリカによる安全保障上の管理と、ヨーロッパ統合による経済的拘束によって、ようやく統一ドイツを受け入れていくことになる。
 そして、1991年12月25日、ソ連は崩壊した。
 歴史とは、理念だけで動くものではない。恐怖、打算、国益・・・、そうした人間臭い計算の積み重ねによって形づくられていくのである。
 
 
 
 
 
 
 

栃木強盗殺人のあまりにも軽い闇

 これは令和の鬼の話しである。
 栃木の、のどかな町で起きた強盗殺人事件。その全容が明らかになるにつれ、我々の背筋には、かつてない冷たいものが走り抜けた。

 知りたいか。
 ならば、語ろう。

 文字の読める者だけが、この闇の深淵をのぞき込めばよい。

 事件は、五月の陽光のなかで起きた。
 69歳の女性が、無残にも命を奪われた。その傍らでは、吠えることを恐れられた飼い犬までもが、物言わぬ骸(むくろ)と化していた。

 陰陽の理(ことわり)で言えば、家とは命を守る結界である。
 だが、その結界は、すでに一ヶ月前、呪(しゅ)をかけられるようにして破られていた。

 被害者の次男の家から、実家の「情報」が盗まれていたのだ。かつて泥棒とは、その場にある金品を盗むものだった。しかし、今の鬼どもは「情報」という名の命の引換券を盗む。

 そして、その引き金を引かされたのは、わずか16歳の少年たちであった。

 四人の、高校生。

 彼らは、リクルーターと呼ばれる闇の媒介者に、こう評されていたという。

「雇うなら、バカがいい」
「ビッグになりたい少年は、格好のカモだ」と。

なんという言葉か。

  呪、である。言葉という名の呪に縛られ、少年たちは使い捨ての「道具」にされた。
断ろうとすれば、こう囁かれる。
「やらなければ、お前の家族を殺す」

 家族を守るための家が標的になり、少年たちを縛り付けるための脅しに「家族」が使われる。
 すべてが反転している。この世の倫理が、ぐずぐずに崩れてゆく音が聞こえるようである。

 さらに、妙なことがある。

 この少年たちを操っていたとされる、指示役の夫婦。

 妻である竹前美結は、表の世界では「母」であった。SNSという名の虚構の舞台で、子供の成長を喜び、音楽に合わせて軽やかにステップを踏む動画を流す、5千人のフォロワーを持つ「表現者」であった。年は25歳。

竹前美結(みゆう)容疑者、確かに見てくれはいい女であるが・・・



 彼女は、事件の当日にも、ダンス動画を投稿していたという。

 人が殺され、犬が殺されている、まさにその瞬間の流れる時間のなかで、女は笑って踊っていたのだ。

 これは、狂気か?

 いや、狂気という言葉すら、彼女たちには軽すぎる。そこにあるのは、圧倒的な「空虚」だ。

 人を殺す指示を出すことと、スマートフォンの画面にダンスを投稿すること。その二つの間に、彼女の脳内では何の境界線もない。

 少年たちは、スマートフォンから流れるリアルタイムの「声」の通りに、手を汚した。

 自らの意志ではない。操り糸のついた、肉の傀儡。

 糸を引く夫婦もまた、さらに奥の闇に潜む「黒幕」という名の巨大なもののけに、操られているに過ぎない。

 犯罪に関して、おそるべき変化が、いま、この国の闇で起きている。

 かつての凶悪犯には、まだ「顔」があった。

 凄惨な事件の裏には、ドロドロとした人間の業(ごう)があった。

 しかし、近年の強盗殺人は、完全に「システム」化されている。

 組織の頭脳は遠い闇に隠れ、顔も知らぬ。
 
 中間の指示役が、SNSで使い捨ての駒を募る。

 集まった若者は、数万円の端金(はしたがね)のために、名前も知らない見ず知らずの老人の家に押し入り、命を奪う。

そこには、怨恨もなければ、深い殺意すらない。
あるのは、

「タイパがいいから」
「断ると怖いから」

 という、あまりにも軽薄で、空っぽな動機だけだ。

殺意のない殺戮。
顔のない凶賊。

 これこそが、現代の強盗殺人が行き着いた「異常性」の正体である。

 闇は、深くなっている。

 いや、深くなっているのではない。
信じられないほど「浅く、軽くなって」いるのだ。

 浅く、軽い闇だからこそ、誰でも簡単に足を踏み入れてしまう。

 そして、気がついたときには、戻れぬ血の海に沈んでいる。

 栃木の事件は、決して特異な一例ではない。
 
 いま、あなたのスマートフォンの画面のすぐ裏側で、次の呪(しゅ)が、静かに編まれているのかもしれないのだから。

 この事件は、闇のなかに蠢(うごめ)く、現代の「もののけ」の話である。

……まあ、そういうことだ。