おそらく我々が働いていたお化け屋敷ほど、お化けたちの運動量が多く、そして激しいお化け屋敷は世界のどこを探してもないに違いない。
それほどうちのお化けたちはお化け屋敷内の暗闇を走りに走った!
理由はカンタンだ。うちのお化け屋敷では、お化け役は待ち伏せをしていてA地点でお客さまを脅かし
お客様が通り過ぎたらお化け役は、先回りをしてB地点で待ち伏せをして脅かす。
最後に出口手前でお客さまが「あ、出口だ〜」と安心したところを最後のダメ押しで脅かす。
つまり、お化けはその間、お客さまが10分弱かかって歩くお化け屋敷内の2〜3箇所を高速移動して脅かすというものであった。
通常なら、お化け役はそう高速移動を強いられることはないのだが……
あまりの怖ろしさのためか、走って逃げるお客さまが続出したのだ!!
そうなると、お化けはお客さま以上のスピードでダッシュをして待ち伏せ箇所に移動しなくてはならない!
それは文字通り暗闇の中を全力疾走することを意味するのだ!
空調があるとはいえ真夏であり、また衣装を着込んだ姿である。
お化けたちはお客さまを出口で襲った後、あまりの苦しさに酸欠で倒れそうになったり、めまいを起こしたりするくらいであった。
あまり苦しそうなので人に頼んでスポーツ用酸素ボンベを買ってきてもらったものの、ところが酸素ボンベを使うには、ボンベについているマスクを口と鼻にあてがわねばならない。
するとお化けの特殊メイクが剥がれてしまうため、あまり有効活用できなかったということもあった。
さらに……、うちのお化け屋敷のウリは昭和の都市伝説口裂け女であり、口裂け女のトレードマークはトレンチコートにマスク、赤いハイヒールなので、この姿で全力疾走するのである。
ただし、ぼくがお化け屋敷に来たのは開店3日目であったが、口裂け女はなんと裸足で全力疾走していたのである!
理由はカンタンで、ハイヒールを履いて走り続けると高速移動がやりにくいのだ。
まずスピードが落ちる。さらにハイヒールは足音がするので移動がバレる恐れがある。さらに足への負担が大きい。
よって口裂け女たちは、ハイヒールは特別な日のみ使い、普段は裸足で疾走していたのである。
しかも彼女たちが疾走しているのは、整理されたお客さまが通る場所ではなく、従業員が通る通路やバックヤードなのだ。
そこには、機材や工具が落ちていたり、整理されていないものがゴロゴロしていたり、ネジクギが落ちていたりするような場所なのである。
しかも、お客さまが通る場所以上に暗い。ときには従業員とお化けが激しく激突することもある。
それを知ったぼくは、当然やめるように支持したが、彼女たちはなかなか聞かない。
スニーカーでは口裂け女のイメージを損ねるというのだ。しかしぼくが
「そういうのが一番困る。いま根性を出してもらっても、万が一ケガでもされて動けなくなられたら、このお化け屋敷はたちまち立ち行かなくなる」
と、強く説得してから、彼女たちは口裂け女のイメージを損なわないシューズを買ってきて履くようになったというエピソードがある。
それでも生傷は耐えなかった。
いや……、次々にお化けたちをケガが襲ったといっていい。
(つづく)