イソップの童話に「ウサギと亀」のお話しがありますよね。
なんだかよくわかんねーけど、この国では、
「亀はいいヤツで、ウサギはロクデナシ」
ということで、なぜだかとても良い話しとして、語られているらしいですね。
しかし、心が純真な巨椋は、つい正直に
なんでこの話しが、良い話しなんだ?
と、思ってしまいます。
つーことで、まずこの「ウサギと亀」の歌からみてみましょう。
♪もしもし 亀よ 亀さんよ世界のうちに お前ほど
歩みの のろい ものはないどうして そんなに のろいのか
さて、まずここまでですが、この歌詞を読む限り、確かにウサギはロクなもんじゃないという印象を受けます。
しかし、このウサギと亀の関係はどうだったのでしょうか?
この一匹と一羽(ウサギは一羽二羽と数えるのです)は、もちろん文字通りのウサギと亀ではなく、擬人化されていると考えるのが正当でしょう。
では、この2人ははたして、ただの知り合いだったのでしょうか?
それとも友人?
または、敵対する関係?
わたしが思うに、ただの知り合いでは、ウサギの言葉は過激すぎます。
これは、友人としての忠告か質問。
あるいは、敵対している相手への罵りの言葉と解釈するのが妥当でしょう。
また、お互いに「さん」づけで呼んだり、「お前」呼ばわりしたりしているとこから、まったく無関係な2人ではなさそうです。
では次に
♪なんと おっしゃる うさぎさんそんなら お前と かけくらべ
むこうの 小山の ふもとまでどちらが 先に かけつくか
ここでわかるのは、先に競争を挑んだのは、亀であるということです。
わたしの解釈では、あまりに足が遅い亀にウサギが
「なぜキミはそんなに足が遅いの?」
と、聞き、それに対して亀は
「遅くなんてねぇよ! ウソだと思うならひとつ勝負しようぜえ!!」
この亀、負けずギライです。
しかし、この亀の間違いは、自分の得意分野での勝負をいどまなかったところです。
例えば、この亀のもう少し利口なら
「そうなんだ。でもボクは水の中なら早いんだよ」
とか
「ボクは足が遅いけど、頑丈な甲羅があるのさ」
と、自分の良さをアピールすればよかったのです。
しかし、亀はそうせず、自分の不利なレースにのぞみます。それに対してウサギは
♪どんなに 亀が 急いでもどうせ 晩まで かかるだろう
ここらで ちょっと 一眠りグーグーグーグー グーグーグー
これは 寝すぎた しくじった
ピョンピョンピョンピョン ピョンピョンピョン
さて、足では当然、圧倒的にウサギが有利です。
ここでウサギは眠ってしまうのですが、基本的にこれはおかしい。
よくこのウサギは「怠けている」「サボっている」とか、いわれたりしますが、勝負の最中に居眠りをしてしまうとは、どうしても考えられないのです。
そして、このときのウサギの眠りっぷりが
「グーグーグーグー グーグーグー」
ですよ。
あまりにもすごい眠りっぷりです。
ちょっと一眠りの眠り方ではないと断言してもいい。
その昔敏腕探偵として鳴らしたおぐらさんとしては、
「これは一服盛られたときの眠り方である!」
と、断言したいくらいです。
しかし、ウサギは勝負をあきらめておりません。
ピョンピョンピョンピョン ピョンピョンピョン
この慌てぶりに、勝負に対する真摯な姿勢を感じます。
おそらく、ウサギは一服盛られたのを自分の不注意とし、口惜し涙を流しながら、必死で走ったに違いありません。
そもそも、わたしが亀に悪意を感じるのは、亀は眠っているウサギを追い抜いているのです。
話しの流れから、このレースは長距離走と考えられますが、亀は
「グーグーグーグー グーグーグー」
と、轟音をたてて眠っている横をすり抜けていったはずなのです。
おそらく遅い足を抜き足差し足して、起こさないように……、そ〜っと、そ〜っと……
なぜ亀は、ウサギが眠っているとわかったんでしょうか?
普通、スポーツの最中に選手がイビキをかきながら眠ってしまっていたら、脳卒中など脳の血管が切れるなどの病気を疑うのは当然のことです。
しかし亀はそれをしなかった。
あるいはスポーツマンシップをもっているのなら、起こしてあげて正々堂々と勝負するのではないでしょうか?
つまり、ここでわかるのは
亀のヤロ〜はとんでもねぇヤロ〜だということです。
え? それはおぐらのココロが歪んでいるからですって?
では、この歌詞の最後の言葉を紹介しましょう。
その言葉を見ても、まだ亀が良いヤツだというのなら、あなたこそココロが歪んでいるかもしれませんよ。
♪あんまり 遅い うさぎさんさっきの 自慢は どうしたの?
なんなんだ、むかつくこの勝ち誇りぶりは〜!
思いっきり相手を馬鹿にしているではないか!!
なんで、こんな話しが教育的なんだ!!
わたしはこの亀のようなヤツとは、絶対に友達になりたくないと思っています。