巨椋修(おぐらおさむ)の新世界

作家・漫画家 巨椋修(おぐらおさむ)のブログ。連絡先は osaogu@yahoo.co.jp

化け物屋敷物語 イベント


 岐阜柳ヶ瀬のお化け屋敷「恐怖の細道」では、頻繁にイベントをやった。


 お化け屋敷自体がイベントなのだが、さらに我々は路上ライブ、プロレス、トークショー、菓子撒きなどなどを行ったのだ。


 イベント中、お化け屋敷をクローズしたり、スタッフがそちらに回されてしまうということがあったが、ぼくはこれはいい企画であったと確信している。


 すべてのイベントは成功といって良かったが、その中でも特に良かったと思ったのが、路上ライブだ。



 動画がアップされているのでちょっと紹介しよう。



 この路上ライブの何がよかったか?


 前回にも書いたが、このお化け屋敷は2時間待ち3時間待ちが当たり前のようなお化け屋敷だったのだ。


 つまり入りたくても入れない人がたくさんいたということでもある。


 中には沖縄や大阪といった遠くからホテルを取ってまでお化け屋敷に来てくれた人たちもたくさんいらっしゃった。


 しかし、なかなか入れない。


 そんな人たちも、路上ライブならみんなに楽しんでもらえたと思う。

 そかしそれ以上のものがあったとぼくは思っている。


 






それは、この路上ライブをやることでみんなに記憶に残ったと思うからだ。







 このライブを観た子どもたちは、このことを大人になっても忘れないだろう。


 大人たちは、むかしこの町にお化け屋敷があってね……と、孫に語る人もいることだろう。


 



自分たちがかかわったイベントがそうやって記憶に残ってくれたら、これほどうれしいことはない。






 歴史とは記憶と記録である。



 来客数1万8000人、18人に1人以上がリタイヤするという記録も作った。




彼らは記憶と記録に残る歴史を作ったのだ!



 他のイベントとしては、千人の芸能人の手相をみたことで有名はコメディアンの島田秀平さんをゲストに迎え、オカルト作家の山口敏太郎、女流怪談師の牛抱せん夏のトークショー、名づけて 




 島田秀平山口敏太郎の “開運!幸せになるライブ”】






お化け屋敷でいつもは船頭役をやってくれたプロレスラーの刃駈(ハカル)くんが中心になってやった

 【お化け屋敷プロレス「妖怪ワールドカップ」】 

 この「妖怪ワールドカップ」では女子プロレス界のアイドル、アップルみゆきさんも参戦してくれた。





 ちなみに、ぼくもエキシビションマッチってことで、お化け屋敷実行委員長のヨシムラさんと戦わせてもらった。

 ヨシムラさんはちびっ子柔道日本一にもなったという強者!
 
 ちなみに弟さんは早稲田大学柔道部の監督さんだというから、最強兄弟だったんだろうなあ。

 当然、ぼくはポイポイと、ゴミ箱の前に転がっている空き缶のように投げ捨てられましたさ。(泣)





 くやしいので蹴ったり殴ったりしてやったさ。


 で、温情で勝たせてもらいました。(笑)

 ちなみにレフリーをやってくれているのは石川宗一郎さんといって、元野田聖子議員の秘書でいまは岐阜市の市会議員をやっている人。

 なんでもご本人も学生プロレス出身でいまはブラジリアン柔術をやっているらしい。

 ブラジリアン柔術日本逆輸入にほんの少しだけお手伝いさせていただいた巨椋としては、なんともうれしい限り。


 ちなみに、ヨシムラ実行委員長は、試合のあと、アバラにヒビが入っていたらしい。

 それはね、ヨシムラさん、ぼくは決して強く蹴ってないから、自爆だよ自爆。運動不足で自分でコケたかヒネったかしたんだよきっと。(笑)
(と、シラを切る)


 また、菓子撒きというものもやった。

 菓子撒きというのは東海地方に残る風習で、結婚や家を建てたときなどに、お菓子を撒いてお祝いをするというものらしい。

 このときはヨシムラさんが急遽鉄骨で塔を立てて、口裂け女たちが上り、町を練り歩きながら、お菓子をバラ撒くのである。


 凄くたくさんの人が集まってくれた。

 このときは、ぼくは塔を移動する監督をしていたのだけど、請われて塔に登りお菓子を撒くということもさせてもらったのはいい思い出です。




 毎日がお祭りだった。

 毎日が非日常だった。

 毎日がハレの日だった。

 毎日が異常だった。




 このお化け屋敷は、2012年の夏に吹いた一陣の風だった。



 毎日が事件・事件・事件だった。


 ほんと、おもしろかったよなあ。(笑)