巨椋修(おぐらおさむ)の新世界

作家・漫画家 巨椋修(おぐらおさむ)のブログ。連絡先は osaogu@yahoo.co.jp

カレーの歴史



● 日本最初のカレーの具はカエル?

いまは国民食とさえいわれるカレーライス。日本人の9割は一ヶ月に一食以上カレーを食べており、4割は一週間に一食の割合で食べているそうです。


そんなに愛されているカレーライスですが、いつごろから日本で食べられるようになったのでしょう?


記録によると、最初にカレーを食べたのは後に物理学者となる山川健次郎が明治4年に、アメリカ留学に向かう船中でカレーライスを食べたという記録があります。


もっとも山川健次郎がカレーライスを注文したのは、それが唯一の米を使った料理であり、肝心のカレーはすべて残してしまったといいますから、果たして最初に食べたといえるのかどうかは、まあ置いておきましょう。


次に日本史に出てくるのは、明治5年に発売された『西洋料理指南』という書物。




この書物にカレーの作り方が出ているのです。


その作り方とは、ネギ、ショウガ、ニンニクを刻んだらバターで炒めた後、水をくわえ、エビやカエルなどを入れてよく煮る。さらにカレー粉を入れて煮込み、塩、水溶き小麦粉を入れるというもの。


ここで現代人は“ギョッ”とするのが、具に出てくるカエル。


おそらく当時の日本にはカエルを食べる習慣はなかったと思われますから、おそらく明治の日本人もかなりギョッとしたに違いありません。


この『西洋料理指南』がヨーロッパの料理を参考にしたのか、アメリカの料理を参考にしたのか、あるいはやはりカエルを食べる習慣のある中国から来たのかは不明ですが、欧米ではカエルを食べる風習は確かにありますので、おそらくカエルカレーのレシピが、欧米にはあったのでありましょう。


ちょっとゲロゲロと思ってしまいますね(笑)。




●少年よ、大志を抱きつつカレーを食せ!



日本におけるカレーライスの歴史を語る上で忘れてならない人物が、かの「少年よ大志を抱け」というフレーズで有名はクラーク博士です。


明治9年、現在の北海道大学である札幌脳学校の初代教頭となったアメリカ人、クラーク博士は、米食に偏見があったらしく学生にご飯を食べることを禁止しました。ただしカレーライスを除いて。


札幌農学校の寮では、パンと肉の日とカレーライスの日が、一日交代であったといいます。そのため、日本にカレーライスを広めたのはクラーク博士という説もあります。このようにして、カレーライスは日本に少しずつ広まっていきました。


北海道にカレーが広まったのは、他にもジャガイモ、タマネギ、西洋ニンジンといった食べ物が、北海道で多く栽培されたこともあったかも知れません。


ジャガイモ、タマネギ、西洋ニンジンはいまでこそカレーの野菜に欠かせぬ三種の神器的野菜ですが、明治になってから日本で栽培されるようになったもので、明治初期の段階では、まだほとんど食べられていませんでした。


そして当時のカレーライスは、まだ西洋料理の一品目。まだまだ日本の国民食とはなっていません。せいぜい高級な西洋料理店で出されるものであったのです。




●軍隊がカレーを広めた?



 明治時代、カレーライスはレストランで人気料理になりましたが、まだまだ家庭内で作られる料理ではありませんでした。それが一般家庭に広まるためには


1、 安価で美味しいカレー粉が必要

2、 実際に身近で作る人々
 が、必要でした。それまでのカレー粉はイギリス製のC&B社のもの。舶来品で庶民にはちょっと手が出ない代物だったのです。


それが明治の終わりごろから大正時代に国産のカレー粉が作られるようになります。


いくらカレー粉が安価で手に入るようになっても、食というものは意外と保守的なもの誰かが目の前で作ってくれないと、なかなか新しい料理には手が出ないものです。


それを一気に広めたのが、軍隊ではないかといわれています。


明治37年、日露戦争勃発。


そのとき陸軍海軍とも軍用食としてカレーライスが採用。


戦争が終わったとき、カレーライスの作り方を覚えた兵士たちは、故郷に帰ると家族にカレーの作り方と美味しさを伝えたのです。


特に海軍では、当時毎週土曜日にはカレーライスを出す習慣ができており、それがいまの時代では金曜日になっているのですが、いまやレトルト食品として『海軍カレー』の名称で人気商品となっているくらいです。


大正時代になると、カレー粉も多くの会社が手がけるようになり、より手に入りやすいものとなりました。


いまやカレーの具として必ずといってもいいほど入っているニンジン、ジャガイモ、タマネギも、このころにカレーに入るようになりました。これはシチューの影響であるようです。


また、カレーうどんは明治の末に生まれており、カレーパンは昭和2年に誕生。カレーは着実に国民食への道を歩んでゆきます。


第二次世界大戦中は、国中が食料不足となりましたが、カレーライスは相変わらず軍隊で食べられていました。




●戦後カレーは国民食



戦後、学校給食にもカレーライスが出され、子どもたちのハートをキャッチ! カレーはますます日本人の国民食となっていきます。


やがて日本は高度成長期に入ります。そのとき現れたのがこれまでのカレー粉ではなく、カレーの固形ルー。


このカレールーの登場は、カレー粉から作るものよりも、はるかに簡単に作ることができるため、一気にカレーライスが国民に親しまれていったのです。


また、1968年、一人用のカレーとして世界初の一般向けの市販レトルト食品である『ボンカレー』が登場。いまやレトルト食品の3割はカレーであるといいます。


日本全国に広まったカレーライスは、各地域でもそれぞれに発展し、ご当地カレーとして多くの人に親しまれるようになったのでした。




●カレーを食べると幸せ気分になれる?

 最近の研究によると、カレーには20種類以上のスパイスが入っており、その効果でストレスを抑えたり認知症の予防や血糖値を抑える効果があることが知られています。


 さらに、カレーを食べると、セロトニンという人に幸せ気分にさせる効果がある脳内物質まで、多く出てくることがわかりました。


 美味しくて健康に良くて幸せにしてくれるカレーライス。


 日本人が大好きなのも当然なのかも知れませんね。








巨椋修(おぐらおさむ)拝





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巨椋修(おぐらおさむ)は陽明門護身拳法という護身術&総合格闘技の師範をやっています。

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