『ベニスの商人』というお話しがある。
書いたのは、大文豪とされるシェイクスピアである。
名作だそうだが、トンデモ作品としか思えないのです。
これで泣き笑いができる野郎は、とんでもなくお幸せか、自己チュー野郎としか思えません。
この前、稽古のあとに飲みにいってね。
「ベニスの商人に出てくる悪役の金貸しシャイロックって、善人じゃないですか」
って話しになったのですよ。
こういう話しがしゃれっと出てくるところが、我が一門の凄いところでね。(笑)
ご存知ない方もおられるだろうから、『ベニスの商人』のストーリーをカンタンに書いておきましょう。
ある男が、お金持ちの女に恋をする。
しかし、
男の金持ちの商人なんだが、全財産が航海中の船に積まれており、手元のキャッシュがないときたもんだ。
そこで、男は銀行から金を借りようとした。
いやいや、まだ銀行なるものがなかった時代だから、銀行の原型である金貸しから金を借りることにした。
普通、金融業者から金を借りようと思えば、担保がいる。
担保なしで貸してくれるのは、闇金融ぐらいである。
担保のない男は、
「もし金が返せなかったら、自分の肉1ポンドを担保としてやるからお金かして」
と、契約をした。
男はその金のおかげで、金持ちの女と嫁にすることができた。
ところが、男の船が難破し、男は無一文となる。
(実際はそんなことはない。ベニスではちゃんと保険があって無一文になることはないのだ。またベニスでは個人が船を持つことはなく、共同体の船を使っていたため船が難破して無一文になることはあり得ない)
当然、借りた金は返せなくなる。
金貸しは、困る。
「おおそれながら」とお上に訴え出て裁判になる。
ところが……です。
男の友人が、法学博士大嘘をこいて裁判所に乗り込んでくるんです。
裁判所としては、「金が返せないと肉1ポンド」という契約がある以上、約束は約束だから、金貸しが裁判に勝つんだけど、この偽者法学博士が、とんでもないことを言い出したもんだ。
「契約書には、肉とは書いていても“血”とは書いていないから、血を流さないで肉だけ持ってってね」
それは不可能なので、金貸しシャイロックは泣く泣くあきらめるというストーリー。
でもね、よく見てみればわかるけど、これって詐欺じゃないですか。
この金貸しは、結局借金を踏み倒されているわけです。
そして、男は金を踏み倒し、女を手に入れるというストーリー。
さらに、話しの最後には、難破した船は実は難破していなくって、無事に帰ってくるんだよ。
でも、金貸しに金を返したという一文はない。
おいおい、せめて元金くらいは戻してやりましょうよ。
なんでこんな話しが“名作”になったかというと、金貸しはユダヤ人だったからなんですね。
ユダヤ人っていうのは、常にキリスト教徒から迫害をされてきたわけです。
なぜかと問うと、あほなキリスト教徒はこういったね。
モーセもマリアもヨハネも、マタイもペテロも皆ユダヤ人なんだぞ。
いま世界の金融を握っているのは、ユダヤ人系といわれているけど、それはこの『ベニスの商人』の金貸し、シャイロックのような人がいたからなんだよ。
つまり、差別されていたユダヤ民族には、まともとされる職業につけなかったんですね。
世間で、ランクが下とされている金融業もそのひとつでね。
お金ってヤツは、力のあるヤツに貸したら、『ベニスの商人』のようにすぐに踏み倒される。それですめがいいけど、ヨーロッパでユダヤ人は全財産没収のうえ殺されてしまうなんて当たり前。
よって、必ずメモをとり、お互いにサインをして約束をする。
つまり契約をする。
それが、力のないユダヤ人の生きる術だった。
金貸しシャイロックが、裁判で引き下がったのは、契約に『血も含める』という一文がなかったから。
シャイロックに力があったら、こう言うだろうね。
「わかりました。肉を1ポンドは契約ですからいただきます。でも血はお返ししますよ」
それをやったら、差別民であるところのシャイロックは殺されただろうなあ。
事実、裁判になったときシャイロックは主人公を殺そうとしたということで、財産を全額没収のうえ死刑判決を受けている。しかし主人公がキリスト教徒としてのお慈悲を出し、財産没収はナシ。しかしユダヤ教徒であったシャイロックは死刑を免ぜられる代わりにキリスト教に改宗させられることになる。
つまりは、この物語の悪役シャイロックはね。
契約をキチン守る善人だったっていうことです。
みんなも約束は守りましょうね。