ある日、友人が言うのです。
「オレもう生きているのがヤんなっちゃったんだ。だから死のうと思っているんだけど、死ぬ前に好きな寿司を食べてから死にたいんだ。どこかいい寿司屋を知らないか?」
まあ、ぼくも“食神”と言われたほどの美食家ですから、美味い寿司屋は一杯知ってます。
しかし友人の最後の晩餐なわけですから、月並みの寿司屋ではよろしくないでしょう。
「一軒だけある……」
と、ぼくは答えました。
「しかし伝説の寿司屋で、オレも食べたことがないんだ。ただしその寿司を“ひと口”食べたら二度と他の寿司は食べられなくなるほどらしい」
「それほど美味いのなら悔いはない。ぜひ教えてくれ!」
ぼくは地図を描いて、その寿司屋を教えてあげました。
数日してから、友人の携帯から電話が入ったのです。
「オレだけど、いまその寿司屋にいるんだ。これからその寿司を食べるよ」
「ほうほう、じゃあ味を実況中継してくれよ。ただし彦麻呂みたいな芸はいらないよ」
「わかった……、まずヒラメから食べるぞ」
「まて! 確かに白身から食べるのは、寿司通には常識だがよく考えろ! その寿司屋は“ひと口”食べたらもう二度と……」
「もぐもぐ……ごっくん! 何か言った? もうヒラメは食べちゃったよ、次は……」
「ばっばかっ! “ひと口食べたら二度と他の寿司は食べられない”と言ったろう!」
「え? ウッ……、うぐっ……」
その後、いくら呼びかけても友人の返事はありませんでした。
この寿司屋は、「ひと口食べたら二度と他の寿司は食べられない寿司屋」=「他の食事も二度と出来なくなる」
という寿司屋であったのです。
それ以来、友人とは会っていません。
ぼくは、彼が一番の好物である大トロを最初に頼めと言っておかなかったことを、とても後悔しています。